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もう少し、考えてみようか。

仕事には自分なりの哲学が必要だと思う。

 

喉が渇いたのでコーラを買いにぼんやり外を歩いていた。

夕暮れ時なので少し外はオレンジ色で、昼間に比べると程よい気温だった。

先ほどの反省も生かして半袖で外に出たけど、風もなく肌を優しく空気が流れていくようだった。

今、日曜日の16:00~17:00にこの穏やかな街を歩いているんだなあ、と考えていた。

 

ふと、仕事のことを思い出した。

なんで休みの、しかもこんな穏やかな暖かい日に仕事のことを思いだすのか!と舌打ちしたくもなったが、社会人になったのだから仕方ない。

僕にとって、仕事が生活の大部分を占めているのが現実である。

 

僕は、仕事には自分なりの、専門職なら専門職としての哲学が必要だと思う。

なんでこんなことを僕が考えるかと言うと、僕が自分の仕事の専門性を上手く言語化できないのが原因だと思う。

専門職ってのは何か資格を持っていないとできない仕事だったりすることが多いけど、僕も資格をもっており、その職種として仕事をしている。

 

しかし、僕の持つ資格は業務独占ではなく名称独占なので、僕の行う業務は別に僕が持つ資格を持たなくても行って良いということである。もちろん、資格がないのでその資格者として勤務することはできないし、名前も使ってはいけない。

 

だが、資格がなくてもできないわけではない。そのようになっているわけである。

正直、僕はずっとこれが嫌だった。

しかし、皆、自らの専門性を語っている。それが凄く滑稽に見えた。

僕の頭にはいつも、「だけど業務独占ではない、それって専門性が認められていると言えるのか。」という考えが浮かび上がり、相手の言葉に同意することはできなかった。

 

と、まあ、このようにごちゃごちゃ考えていたのだが、単純に僕はまだ僕の仕事のことを知らないのだと思った。今日の夕方、空見てたらなんとなく、そう思った。

 

確かに、業務はある程度できるようになった。

でもそれはただ作業を覚えただけであって、その過程に僕の哲学や、専門職として有していなければいけない哲学を反映できていると自信を持って言えるのだろうか。

僕は、自分に問うて見たけど、自信を持ってうなづくことはできなかった。

 

技術を身につけることはもちろん大事なことだけど、もっと本質的な、もっと専門職としての核心の部分を僕は作っていかないといけないのだと強く思った。

 

ということで、勉強してきます。