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椅子

自宅に椅子がある。

ベージュのガススプリング式の椅子だ。

肘掛は別売りで、特に必要ないので購入していない。

購入の経緯としては、購入した折りたたみ式の机に付属していた椅子があまりに簡素でクッション性もなく長時間腰掛けていると臀部がジリジリと痛くなってくるからである。

できるだけ、質素でなおかつ機能的な椅子を探していた。そんなある日なんとなく通販サイトを眺めていた時運命的な出会いを果たすのである。

これしかないと僕は思った。

いくつかの店舗に電話をしたが在庫はないという。その中で展示品ならあるというので足を運び、ついに対面を果たした。

それはなんとも質素で洗練された美を表現していた。

僕の視界は突如としてぼやけた。その中でその椅子だけははっきり見える。

今、僕は椅子と視線があった気がした。

時間が停止したように生唾を飲むことすらできない。

足がゆっくりと前に動く。一歩一歩確実に椅子へと近づいていく。

椅子に腰掛けた時、イメージできた。

 

今日は、休日。

カーテンの隙間から射す光に覚醒を促されまだ少しばかり気怠い身体を起こしてお湯を沸かす。いつものようにコーヒーをカップに注ぐ。カップを持って僕は椅子に腰掛ける。少し熱いコーヒーに慎重に口を付ける。喉に熱い刺激が走る。一息つくと僕は読みかけの小説の文章に目をやる。

小説にこんな文章があった。

「物は自らの分身であり、それは身体の一部と言っても過言ではない」

 

その時椅子に座っていることを僕は忘れていた。

身体の一部であると認識していたのだ。

なるほど、言うとおりだ。僕はそう思った。

 

 

「お客さん!寝られちゃ困るよ!」

突如降りかかった声に身体をビクつかせ振り返る。

店員が困り顔で腕を組んで立っている。

あれからどのくらい時間が経過したのだろうか。

どうやら僕は眠ってしまっていたようだ。

 

では、先ほどの自宅の光景は夢、、、?

それにしては現実味のあるはっきりとした夢だった。

まるで現実のような。

 

僕は、迷わずこう言った。

「店員さん、この椅子配達可能ですか?」

 

店員は、溜息を吐いて微笑した。